2005年12月 4日 (日)

Sura ya 52 気分は"Safari"! (12.Dec.2001)

 それにしてもここは日に日に暑くなっていく。
 何しろ18時の時点で気温は34℃。この時期でこの暑さ。
一体1、2月はどうなるのだろう?

 さて、話は戻り。
 飛行機のチケット、換金などをするために12/1に首都に上がったのだが、今年は担任を持っていたので終業式に出て成績表を渡すため一度任地のTangaに戻った。
 その当日は朝から珍しく雨が降っており「自分がTangaを去るのを悲しんでいる」かのようであったのだが、よく考えると、これが最初のつまづきだったのかもしれない。
 ここタンザニアは日本では信じられないのだが「雨が遅刻の理由になる」のである。
 その日も例外にもれず、始業の7時半になって来ているのはたったの二人。しかも、成績表を良く見てみるとまだ学年順位がついていない。
 仕方ないので、女生徒たちと談笑していたのだが、先生たちはやっと10時ごろに揃うし、来たと思ったら談笑を始めるし、結局12時半を過ぎても始まらなかった。
 これ以上、首都に上がる時間を遅くもできないので、結局Tangaに来た目的であった「生徒一人一人に成績表を渡す」事をあきらめて戻ることにした。

 Head mistressや女生徒達がダラダラ乗り場まで見送ってくれるとのことであったが"Ukivyofanya,nitalia"と言いながら挨拶だけをしてバスに乗り込んだ。
 「Tangaともこれでお別れ」と言う事で、中でいろいろ思い出しながら感傷にひたろうかと思ったのだが、やっぱり全然実感が湧いてこず、結局いつもの「ちょっとSafari気分」で出発した。

 話は飛んで。
 とうとうタンザニアにいるのもあと8時間となってしまった。
 赴任当初は初めての一人暮らしと言う事でどうなる事かと思ったが,タンザニア人のお陰で本当に楽しく充実した2年間を送る事ができた。
 また、こちらでの生活を通して会社を辞めて日本を離れる事によって失ったものよりも、長い目で見て生きていく上で多くの大切な事を学ぶ事ができたので、この道を選択してやっぱり良かったと思っている。
 今日の早朝、同期隊員の出国を見送ったが、それでも相変わらず実感が湧かず、また来月にはTangaに戻って授業をしたり生徒達と談笑するような気がしてならない。
 まだ、今の段階でも「日本に"帰る"」ではなく「日本にちょっと"行ってくる"」と言うのが正直な気持ちである。

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Sura ya 51 本当に日本に行くの? (29.Nov.2001)

 日本はそろそろ冬支度が始まる頃だと思うが、タンザニアは逆に暑さが日に日に厳しくなってきており、先週からは昨年3月以来封印していたらしたアイスノンを使って夜は眠っている。

 さて、早いものでタンザニアでの生活も残り2週間を切ったのだが、何故か最近は全く実感が無い。
 今月初めくらいは「あと1ヶ月だ!」と思いながら生徒と写真を撮ったり、自分に対するメッセージを書かせてそれを読んでウルウルしたりしていたのだが、期末試験が始まった先週くらいからは全くそういう感情が無くなってしまった。
 当然早くここを去りたいと言うことはなく、来週からMkwakwaniに行かないと言うことがいまだに信じられないのである。
 来年も新しい学年になった生徒達と冗談を言いあったり、数学を教えるような気がしてならない。

 ここで生活するのが当然になってしまっており、日本に「帰る」のではなく「行く」と言うのが今の正直な感覚である。

 まだ、いろいろな面でばたばたしており上手く気持ちの整理がつかないので今回はこれでおしまい。

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Sura ya 50 予後不良? (11.Nov.2001)

 先週末にTangaでのKwa heriパーティーがあった.ここに来た当初は「2年間も一人暮らしが出来るのか?」と言う不安が大きかったが,過ぎてみると本当にあっという間だったような気がする.
 あと3週間でかわいい生徒たちともお別れ.
 最近暑くなってきたせいか,先生が授業をサボることが多くなってきたので空いている時間に積極的に教室に顔を出して行こうと思う.

 さて本題に入ると.
 一昨年の12月にTanzaniaに来てからいろいろあったが取敢えず前々回で"第4コーナー"を無事に回ることが出来たのだが,なんと最後の直線で突然故障が発生してしまい大変なことになってしまった.
 なんとパソコンが壊れてしまったのである.
 バックアップなど取る習慣は無かったので,メールアドレス,8割方終わっていた報告書,デジカメ画像などなど大量のデータが一瞬のうちに消えてしまった.
 どれも大事だったのだが,特にデジカメ画像は2度と同じものは撮れないし,日本に帰ってからHome pageにupしようとしていたものばかりだったので本当に痛かった.
 せめてこれだけでも,どうにか日本で復旧できないものであろうか?
 報告書もデータをあわせて50頁くらい書いていたのでダメージがあるのだが,それでも幸運なことに試し刷りをした紙があったので,授業の合間や放課後に日本語は別隊員の家,英語はインターネットのプロバイダーに通って,どうにか今月中旬には終わる目処が立ったところである.

 この件以上に"ラッキー"と言うよりは"自分の直感の鋭さ"のおかげで九死に一生を得たのが生徒の試験成績.1st termまではパソコンに点数を入力し成績をつけるときにプリントアウトをしていたのだが,今termはなぜか先月中旬に思いつきで出席簿をプリントアウトしその紙とパソコンの両方に点数を入れていたのである.
 報告書は書き直しが出来るが,試験成績は消えてしまったら再生不可能なので本当に助かった.

 どうやらまだツキは残っているようである!

 今回の件で改めてバックアップの重要性を知った.
 次のパソコンは簡単に大量のデータのバックアップの取れるCD-RW付きのものにする事を誓うのである…

 と言うわけで,

   1.競馬予想は年内は更新しません.
   2.日本でお世話になった皆さんのメールアドレスが消えてしまった

ので,これを読んだらお手数ですがメールをください.

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Sura ya 49 Nitakuwa mwalimu kama Hide! (22.Oct.2001)

 これまでも度々書いて来たが,いろいろな場面でタンザニアと日本の違いに驚かされたり感心させられて来た.
 今回は長い間結果を報告すると言っておきながら,してこなかった両国間の生徒の意識について考えていきたいと思う.

 第1回目の質問は
 Secondary Schoolを卒業したらどうしますか?」
 「中学(高校に進学予定なら高校)を卒業したらどうしますか?」
  対象人数は
    タンザニア:Form1 (2000年度,2001年度)計256名
    日本:中学1年生 (2000年度) 計131名
 で複数回答である.
 ちなみにタンザニアではSecondary SchoolOrdinary(Form1~4)レベルの後,Advance(Form5,6)レベルに進学し,その後にUniversityがある.

 まずはタンザニアの答を下記する.

   1位 医者     64名
   2位 先生     63名
   3位 パイロット  27名
   4位 進学        9名
      商売をする    9名
      銀行員      9名

 大体予想していた通りだが,上記のうち比較的男性が多い(決して差別的な気持ちはありませんので誤解の無いように)と思われる職業の医者26名,パイロット9名が女子と言うところが面白い.
 学校での様子を見てもイベントがあると女生徒の方が明らかに活発で乗りが良く元気であるし,その辺りが関係しているのだろうか?
 少数意見で面白いものをあげてみると農夫(婦),兵隊,大統領と言ったところで,特に大統領は是非実現してもらって自分が余生をのんびりと送る頃にタンザニアに「昔の恩師」として招待してもらいたいものである.

 全体的に見て,タンザニアの答はそれなりに納得するものばかりであったが日本の場合は少し様子が違う.

   1位 高校進学        41名
   2位 大学進学        23名
   3位 就職(大卒後を含む) 17名
   4位 わからない            9名
   5位 専門学校             5名

 「高校進学予定ならば高校を卒業したら」と質問しているにも関わらず,1位は何と「高校進学」で,更に4位には「わからない」
 この結果を見て正直言って「これからの日本は大丈夫なの?」と不安を持ってしまった.
 特に「わからない」と言う答にはびっくりしてしまった.
 協力隊隊員の中でも「クイズ100人に聞きました」形式でこの問題を出してみたのだが彼等も同じ感想をもらしていた.
 気付かれた方も多いと思うが,日本の答はタンザニアのそれに対して曖昧なものになってしまっている.
 「大学に行って何をしたいの?」「どういう仕事をしたいの?」「どういう関係の専門学校に行きたいの?」と言ったところが今回の質問の意図だったのだが,そう言った事に関しては考えていないと言わざるを得ない結果になってしまっている.
 タンザニアに比べて日本は選択肢が多いから今は決められないと言う考え方もあるが,だからと言って具体的に答えられないと言うのはどうなのだろう?

 正直言って,自分が教えている生徒達が医者やパイロットになるのは無理だと思う.
 ただ,たとえ実現が難しい事でも,その時その時で「これから自分がこうなりたい」と言う具体的な目標を持つ事はとても大事なのではなかろうか?

 タンザニアはそういうものをみんなが持っているのと,3人の生徒が
 Nitakuwa mwalimu kama Hide! (ひでの様な先生になる)(しかも,そのうち1人は今年Form1で1番を取った女生徒)と答えた事を考えると,前途洋々であると言うのが今回の結果から得られた結論である.

 日本の生徒達へ.

  進学する事は社会に出るための通過点であり最終目的ではありません.
  ちゃんとした目標を作ってそれに向かって頑張りましょう!

 なお,アンケート全結果はここをクリックしてご覧下さい.

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Sura ya 48 第4コーナーを回りました!(22.Oct.2001)

 やっと最終報告書の目処が立ち,このコーナーも更新する事ができた.
 とは言っても競馬予想のコーナーはきちんと更新していたが・・・
 ここ2週間はそのうちElimu ya Hesabu ya Tanzaniaのコーナーに載せるが,2年間の活動を通して行って来た授業・調査に基づきタンザニア教育省に対する「数学レベルを上げるための提案書」をまとめていた.
 日本語版は1週間くらいで終わったのだが,英語による報告書などは今までに書いた事なかったので初めはどうなる事かと思ったが,取敢えず形にはなり今は一段落ついているところである.

 学校では今週木曜日に卒業式がある.
 このコーナーでも取上げたが,タンザニアの卒業式には踊りながらの歌が欠かせない.
 見ていてとても楽しいので自分はとても好きなのだが今年は一緒に生徒の前で踊るべく毎日練習に参加している.
 歌は残念ながらスワヒリ語の箇所が覚えられないのだが,ステップは彼女達の様にうまくいかないがそれなりにできるようになった.
 当日の様子はビデオに撮る予定なので,機会があったら日本とは全く違う楽しいタンザニアの卒業式を是非見てほしいと思う.

 先週初めには日本への船便第1便も送り,食事の方も日本食食いつぶし期間に入っておりほぼ毎日味噌汁を飲んでいる.
 活動の方では授業で教えなければいけない内容は今週で終わる目処が立った.

 カレンダーを見ると2年振りに日本の地を踏むのは丁度2ヶ月後.
 いろいろな事でタンザニア生活も終わりに近づいている事を感じる今日この頃である.

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Sura ya 47 こりゃ当分駄目だ! (10.Oct.2001)

 相変わらずのんびりとしたTangaでの生活を送っている.
 しかし,Tanzaniaとしては先日のアメリカのタリバーンに対する空爆開始に伴い外務省が設定する危険度が「2」に上がったらしい.
 まずありえないと思うが,これ以上それが上がると強制出国もありえるので,どうにかあと最低3ヶ月はこのままSalamaのままでいて欲しいと思う今日この頃である.

 さて,先週,先々週に行われたNational ExaminationForm2と4で行われる国家統一テスト.Form4のそれはForm5,6の入試も兼ねている.以下NEと略す)の模擬試験の結果集計に行って来た.
 授業もあったのだが,それはTanga地区の8校で行なわれたらしく,それぞれの学校のレベルを知る良いチャンスであるし,今のForm2は昨年教えた生徒達なので自習に切替え参加する事にした.
 事前に問題用紙をもらっており,昨年教えた感じからはとても良い点数を取れるとは思えないような難しいものであったので,ある程度結果は想像できていたが,それにしても本当にひどいものであった.

100-81 80-61 60-41 40-21 20-0 Total
T Sec.Sch. 0 0 22 77 55 154
U Sec.Sch. 0 1 9 61 74 145
Mkwakwani 0 0 6 27 117 150
G Sec.Sch. 0 0 0 6 70 76
※ E Sec.Sch. 0 0 1 7 125 133
※ S Sec.Sch. 0 0 2 5 87 94
※ M Sec.Sch. 0 0 0 1 23 24
※ K Sec.Sch. 0 0 0 1 34 35
Total 0 0 1 40 585 811
Total(%) 0% 0.1% 4.9% 22.8% 72.2% ----
※:私立校

 最高点は61点で,平均点に至ってはなんとたったの16点
 4人に3人が20点以下と言う散々な結果であった.
 これだけ悪い点数を取る生徒も生徒だが,今回の結果を生み出したのは問題を作った先生の方に責任があるような気がする.
 それは明らかに過去3年のNEの解答集を作った時に感じたレベルを超えているものであり,とても模擬試験とは思えない程難しい.中にはForm3で習う事まであった.
 何故この時期に(NEは11月下旬に行われる)本番につながらないような試験問題を作らなくてはならなかったのだろうか?そんな事を思いながら集計後の誤答例を解析する場に参加していると,珍しく今回の幹事らしき人物が「基礎が出来ていない」とまともな事を言っている.
 「ちゃんとわかっている先生もいるじゃん」と少し驚きながら聞いているとその流れから計算の話になった.
Tangaの先生が集まっているせっかくの機会だったので計算力調査結果に基づいて「今回は結果を持って来ていないがTanzaniaの生徒は乗除算は出来るけど加減算ができない」と言う事を報告すると信じられない反応が返って来た.

 なんと幹事が「お前何言ってるんだ?乗除算が出来ないんだよ!」と苦笑し,呆れた様子で乗算の教え方の説明をし始めた.
 他の先生も「加減算が出来ないはず無いだろう!」と言わんばかりに同じ様に笑っている.
 自分も最初は彼等と同じように「出来ないのは加減算ではなくて正負の混じった乗除算」と思っていて,その事実を知って時には驚いたので彼等の気持ちもわかるが,それにしても最初から全く聞く耳持たずと言った感じで勝手に話を進めていくばかり.
 「後日データを見せるから」と言っても「我々が彼等に教える必要があるのは乗除算ではなく加減算!」と熱弁しても彼等は苦笑し続けるだけで全く話に乗ってくる様子も無く,だんだん自分1人で熱くなるのも馬鹿らしくなってきたのでそれ以上言うのを止めた.

 こんな感じで,先生が現状を全く把握していない事に驚いてしまった.1人くらい自分の話に乗ってくる先生がいるかと思ったが全くいない上に,今回の試験結果が悪かった事に対しても全く意に介していない様子.
 どうやら生徒が出来ないのは先生の教え方が悪いからと言う事がこれっぽっちもわかっていないようである.
 こんな風に勉強に関してはとても先生とは呼ぶには値しない人物を先生と呼ばなくては行けない生徒達は本当に可哀相である.
 後で聞いたところによると,全く人の話を聞かず自分の言い分だけを通していた,ただの場所幹事と思っていた人物は何とTanga地区で一番成績の良い生徒が集まるT Sec.の校長らしい.
 現場の先生も先生ならその上に立つ校長も校長である.

 計算力調査対象になったMkwakwaniが上から3番目と言う事を考えると,それ以下の学校は加減算の理解度は当校と同等かそれ以下と言う事が予想される.

学校が生徒に勉強を教える場所として機能していないこの国はこの先一体どうなるのだろうか?

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Sura ya 46 理想はTanzaniaの子供達 (26.Sep.2001)

 早いもので9月もあと3日で終わり.
 月曜日には帰国の飛行機の予約も入れて再来日日も決まり,いよいよ終わりが近づいてきた・・・
 さて,今回はTanzaniaの子供達について書いてみたいと思う.

 まずはほとんどの人は想像がつくと思うが,ここの子供達の学力は確かに低い.
 なにしろSecondary School(以下Secondaryとする)の生徒が足し算引き算を平気で間違えるのだから.
 さすがにそこまで低いとは思っていなかったので最初は本当に驚き「何で"-5-3"ができないんだ!」と思わず場違いな八つ当たりまでしてしまっていた.
 彼等は本当に救い用が無いのか?と真剣に思った事もあったが,活動も半年を過ぎた頃からひょっとしたら彼等の実力はある意味日本の子供よりもすごいのでは?と思い始めるようになってきた.
 何度も書くように確かに勉強は出来ないのだが,創造力はなかなかのものだと思う.

 自分の学校の隣にはMkwakwani Primary Schoolがある.
 特に自己紹介をした訳でもないのだが,何故かそこの生徒達に受けが良く,会う度に「きで!(ひでがきでと聞こえるらしい)」と声をかけてくる.
 雨期の頃,いつもの様に授業の空き時間にそこを通って近所の牛乳工場に牛乳を飲みに行こうとすると子供達が「きで,ちょっと来い」と呼んで来た.
なにやら数人が集まって何かを作っているようだったので行ってみると, 

46014602 なんとその辺りで掘り起こした泥で作った飛行機やおばけを見せてくれた.
 それだけならば,自分も子供の頃作ったことがあるので大して驚かないのだが,次に他の子が持って来たものを見て思わず「やるな!」と唸ってしまった.

46044603 なんと携帯電話!
 ちゃんと表示画面,ボタンの番号もあるなかなかの作品.
 しかし何より驚いたのは電話の横にあるスライド式のスイッチと右画像白丸部分のフック.ちゃんとベルトに引っかけて持ち運べるのである.

 泥細工でここまで細かい芸ができるとはやるな!と感心せずにいられなかったのと同時に,子供達が設置式ではなく携帯電話を作る事に改めて時代の流れを感じてしまった. 
4605 学校以外でもよく子供が遊んでいる木やゴムで作った車もなかなかのものである.
 最初は大人が作ってあげていると思っていたのだが違うらしく子供自身で作っているらしい.
 その割には普通車からトラック,バス,けん引車とレパートリーが広くそれだけでもすごいと思うのだが,ハンドルがついているタイプを初めて見た時には本当に驚いてしまった.
 自分が都会育ちのお坊ちゃま(?)だからかもしれないが,初めて見るそれは本当に衝撃的であった.

 こんな感じで
  ここの子供達は日本の様にいろいろなおもちゃは無いが,それを自分達で作って遊ぶ事ができる.
 果たして今の日本にそういう事ができる子供達はどのくらいいるのだろうか?

46074606 もし自分の子供を育てる機会があったら,勉強よりもTanzaniaの子供達の様になんでも自分で創る事ができ,いつも明るく振る舞えるように育てていきたいと思う.

が,果たしてそんな日が来るのであろうか・・・

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2005年12月 3日 (土)

Sura ya 45 自分も負けられません!(その2) (23.Sep.2001)

 意外に思うかもしれないが先々週アメリカで起こったテロ事件の影響がここTanzaniaにも来ている.
 実は3年前にTanzaniaのアメリカ大使館が爆破される事件が起きたのだが,今新しい大使館がなんとドミトリーからわずか約100mしか離れていないところに建設中なのである.
 当然これからテロ組織に対するアメリカ側の攻撃が予想され,そうするとテロ組織の反撃として「3年前の再現」も十分ありえるのでは?と言う事で,現在ドミトリーの使用が禁止になってしまっている.
 今はまだ良いのだが,果たして自分達が出国する12月までに解禁になるのだろうか?

 前置きはこのあたりにして,本題に入ると.
 ここTanzaniaでは,Primary School(以下Primaryと表記)は義務教育なのだがSecondary School(以下Secondaryと表記)はそうではない.
 義務教育では無い上に,学費も年間50,000シリング(多分)と高め(ほぼ公務員の初任給相当)なので,当然Secondaryへの進学率が低くなっているのは大体予想できると思う.
 では,実際どのくらいなのだろうか?

 99年のデータによると,なんとたったの8%である.
 つまり日本の様な40人学級だとSecondaryに行くのは1クラスあたりたったの"4人"なのである.Universityでは無くSecondaryにである.
 これだけでも日本との差異に驚くと思うのだが,下表を見て更に驚いてほしいと思う.

生年 '87 '86 '85 '84 '83 '82 '81
男子 5 (14%) 8 (23%) 8 (23%) 9 (26%) 4 (11%) 0 ( 0%) 1 ( 3%)
女子 11 (31%) 11 (31%) 9 (26%) 3 ( 9%) 1 ( 3%) 0 ( 0%) 0 ( 0%)
16 (23%) 19 (27%) 17 (24%) 12 (17%) 5( 7%) 0 ( 0%) 1 ( 1%)

 上表は今年のForm1の生徒70名の生年とその人数である.
 Secondaryは14歳から入れるので今年の場合1987年に生まれた生徒からその資格がある.
 教育システムが違うので日本における義務教育が終わってから初めての教育機会である高校と比較してみると,そのほとんどは同じ年に生まれて,同じ年に小中学校に入って,同じ年に小中学校を卒業していると思う.

 しかしTanzaniaは表からもわかるように全く事情は異なっており1,2年遅れは当たり前で,むしろストレートで来ている方が珍しいのである.
 更に見ていくと,3年遅れが約5人に1人,驚くべき事に6年遅れの生徒までいる.
 昨年のForm1の生徒にも6年遅れの生徒がおり,今回の結果は決して例外ではなくどこの学校でもこんな感じだと思う.

 同僚に聞いてみると,入学が遅れる原因はやはり学費を準備できない事が多いらしいが,牛の世話や畑を耕すための人手となっている事もあるらしい.
 これらは家庭の事情だが,学校側も同じ成績ならば学費や寄付金をきちんと払ってくれそうなお金持ちの子供を選ぶ事があり,そのために苦労をして学費を貯めても入学を次の年にまわされる事もあるらしい.

 こういう数々の関門をくぐりぬけて来た生徒達だからかどうかはわからないが,みんな勉強は好きなように感じる.
 「宿題は無いのか?」とか,他のクラスとの進展具合の兼合いで授業を10分くらい早く終わらせようとすると「時間はまだだぞ」とこっちは楽をさせてあげようとしているのに,いつも見事にその気配りを裏切ってくれる.
 出来る出来ないは別にして,彼等にはやる気があるのでこっちはとても楽である.

 一方で意外に思うかもしれないが先生達の方はやる気をあまり感じない
 授業に遅れてくるのはまだ良い方で,ノートに写させる紙を生徒に渡して自分は来なかったり,それさえもしないでさぼる事もある.
 よく生徒が反乱を起こさないな?といつも思っている.

 こんな感じでTanzaniaの教育環境は日本のそれとは全く異なっている事がわかってもらえたと思う.

 ここの子供達は,勉強したくても家庭や学校の事情で思うように出来ず,もし運良く学校に入学できたとしても,先生にやる気が無く勉強が出来ない事もあるのである. 

4501 そう言う面では日本人の我々はとても恵まれた環境にあると思う.
 ただ,何でも当然の様に与えられるせいか自分も含めてそれに気付いている人達がとても少ないのではなかろうか?
 学校に行けば先生が授業をしてくれるし,教科書が買えないと言う事はまず無いと思うが,ここではそれが「当然」ではなく「特別」な事なのである.

 と言う事で,ある意味一番大事な教育面で,ここと比較すると,とても恵まれた環境で育った自分はとても運が良かったと言う事を改めて感じている.
 教育面以外でもあまり恵まれて良い環境に置かれながらも,いつも楽しそうにしている生徒達を見る度に

 「自分も何事に対してももう少ししっかりと楽しみながらやらなければいけないのだな」

 と思わずにはいられない今日この頃である.

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Sura ya 44 自分も負けられません!(その1) (16.Sep.2001)

 いよいよ学校で生徒達と一緒に遊ぶのも正味2ヶ月となった.
 と言う事で,先週は授業の合間に同僚の先生にお願いして今年受持っている各クラスの生徒達と一緒に集合写真を撮ってもらった.
 また前回少し触れたが,早速週末に後任の隊員候補生からメールも入り,改めて「もうすぐTangaを去らなくてはならないんだなぁ」と感じている今日この頃である.

 さて,早速本題に入るがその前に.
 今回の内容は自分の文章表現力不足から誤解を招く可能性もあるが決して悪気はないので大目に見てもらいたいと思う.

 一昨年(もうそんな前になるのか・・・)Tanzaniaに来た時に,その違いをいろいろ感じたが,その中でも特に「おやっ?」と思った事の一つに「身体の不自由な人が多いな」と言う事がある.
 これまでも,タイ,シンガポール,アメリカ,カナダ,アイルランドに行った事があるが日本も含め街ではこんなにそういう人達を見なかったような気がする.
 しかし,ここTanzaniaは国際空港のあるDar es salaamの街中でも脚が曲がっていたり,切断されたりしていて松葉杖や木の棒をついていたり,手こぎの三輪車に乗っている人達がとても目につく.
 Tangaも例外ではなくやはり同じ状況である.
 そういう父兄の様な人達が月に2,3度は学校にやってくるし,そういう先生や生徒もいる.
 自分がいる学校にもそれぞれ1人ずついるし,数学研修会の時にも先生の1人がつえをつきながら出席していたのを見て少し驚いたものである.
 脚が不自由なだけならば,移動するのは大変だが一度腰を落ち着ければ勉強する分にはさほど影響は無いのかな?と思ったりしたのだが, やはり移動に費やす労力は尋常ではないだろうし,その上勉強までするのだから本当に大変だと思う.
 よく頑張るな!と頭が下がる思いでいつも彼等を見ているのである.

 そんな状況にもすっかり慣れた今年の1st termの途中,1人の生徒が転入して来た.いつもする様に出席簿に名前を書いてもらうために彼の席のところにそれを持って行ったのだが,その後の彼の行動を見て思わずおっ!と口に出して驚いてしまった.

 なんと左手の手首から先が無いのである.
 最初は本当にびっくりしたが,誰の助けも借りずにちゃんとノートを取っているし,器用に定規を使って線を引いたりもしているし,態度も他の生徒同様明るいし積極的でもある.
 お前は本当に偉いな!と彼を見る度にまた感心してしまうのである.

 こんな感じでその都度驚いたり感心するのだが,やはり一番驚いたのは赴任した時に同じForm1を受持つ数学の先生を紹介された時である.
4401 なんと彼は目が見えないのである. 
 「本当に授業ができるの?」と思いすぐに見に行ったが,ちゃんと授業をしており,曲がる事もあるが字もちゃんと書くし,なんと図まで描く事ができる.
 50歳くらいなのだが(画像左端)同僚の女性の手を握って離さないと言うセクハラまがいの事をしたり「今日はまだ朝の紅茶を飲んでいないんだよ」とおねだりしてきたり,新しい女性隊員が来たと言うと「かわいいのか?今度連れてきて紹介してくれよ」とお願いしてきたり,「新型トラックの名付け親になりたいから三菱自動車の住所を教えてくれ」と言い出したりする茶目っ気があり「本当にこの人は目が見えないのか?」と疑ってしまうくらい面白く気さくなおじさんである.
 だいたい毎朝この先生と一緒に,朝礼をやっている間は入口にあるベンチに座って談笑しているのだが,ここでもまたまた本当にすごいな.この人はと感心するのである.

 こんな感じで,身体が不自由にも関わらず楽しそうにしている彼等を毎日見ているので本当に良い刺激になり「これだけでもTanzaniaに来た甲斐があった」と思っている.

 これからも彼等に「なんでそんなつまらない事で悩んでいるんだ?」と笑われないように,楽しく毎日を過ごせるようにしていきたいと思う.

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Sura ya 43 あなたはこんな家に住むのです. (9.Sep.2001)

 早いもので二本松での協力隊訓練合宿開始から2年が経った.
 残りの任期もあと3ヶ月となったが,同じ班だったメンバーもそれぞれの任地で順調に活動を行っているようである.
 これからも今まで同様,病気怪我に気をつけて元気な姿で日本で再会したいものである.

 ところで,協力隊訓練開始から2年経ったと言う事は,自分の後任の訓練が始まったと言う事になるのだが,これがどうやら女性らしい.
 自然な流れとして彼女は自分が今住んでいる家にそのまま入るのだが,実はこれがなかなかの代物.
 なにしろ,同任地の女性隊員が調整員(隊員の活動をサポートするJICA職員)に「あの家に女性を住まわせるのはちょっと可哀相だから他の家を探しては?」と提案するくらいなのだから. 
 自分は「これでも問題無く住めるんじゃないのかな」くらいにしか思わないのだが,確かに他のTangaの隊員宅から比べると「ちょっと不便に思う事がある」のは事実である.
 と言う事で,今回は後任のあなたのために我が家について書いてみたいと思う.

4301 まずは,地理的特徴を挙げてみると
    1.学校まで2km
    2.一番近い市場まで3km弱
    3.一番近い海まで500m
    4.住宅街なので車通りがとても少ない
となるのだが,これらに関しては特に問題は無い.
 自転車を貸与される前は,市場までの野菜の買い出しが大変だったが今は全くそんな事は無く,むしろ海が近い上に車通りが少なく静かなので,この点に関しては他の隊員に比べて良い立地条件なのではなかろうか.

 次に家自体についてだが,まずは

<1人で住むには大きすぎる>
 日本に住んでいる時には「大きな家に住みたい」といつも思っていたものだが,さすがにこの家に1人では大きすぎる.
4302 図にするとその広さがわかり易くて良いのだが,防犯上の事もあるのでそれを使わずに説明すると
  1階
    ・居間        約4m×5m
    ・ダイニングルーム 約5m×4m
    ・台所        約3m×4m
    ・食器洗い場    約2m×3m
    ・その他       洗面台1,トイレ1
  ・2階
    ・寝室         約4m×5m
    ・ゲストルーム    約5m×4m
    ・旧寝室        約3m×4m
    ・その他        トイレ2,シャワールーム1,バスタブルーム1

と言った感じになる.その大きさがわかってもらえただろうか?
 隣人は同じ家の造りに「大人2人,子供6人」も住んでいるのに我が家は大人1人,ねずみ約10匹,やもり約10匹しかいないのである.

<水まわりがとにかく悪い>
3301 すでにこのコーナーでも取上げたが,この件に関しては他のTanga隊員に比べてかなり条件が悪いと言う事は認めざるをえない. 
 結局6月に破裂したトイレの配管(赤×箇所)はねじのところが完全に錆びており交換不可能なので,必要な時に外のバルブを開けて自家製タンクに水を供給しなくてはならない.
 それだけならあまり問題は無いのだが,もし水圧が高い時にバルブを閉め忘れタンクが満タンになってからもそのままにしておくと,それまで供給されていた水の行き所が無くなり2階の廊下の天井から水が漏れてくると言う不具合が最近発見された.
 と言う訳で,外のバルブを開けておけばシャワーから水が出るのだが,そういう訳にも行かず,しかもその水も少し濁っているので溜めて水浴びに使う訳にも行かず,今は毎回1階の自家製タンクの水をバケツに汲んでそれを2階に運んで使っている.
 トイレの水も配管が通っていないのでもちろん同様の方法である.
台所の水も流れていかないので,料理もなかなか面倒.
 魚をさばいたりタコやイカを解体する時には水が飛び散るのでそこでは出来ず,そういう時は猫に注意を払いながら外の水道を使ってやっている.

 こんな感じなので,専門家や他の隊員宅に行くと
    ・シャワーから水が出ている
    ・トイレの水を流したら自動的に水がまた溜まる
    ・台所の水が流れていくので,気を使わずに魚をさばいたり肉を切ったりできる

と彼等が気にも留めないような事にいつも感心してしまうのである.

43034304 週に半分くらいはどこからともなく猿の群れがやって来るのもここの特徴である. 
 子猿が母親猿のお腹にしがみついて歩いている姿や,子猿同士が追いかけっこや,えさの取り合いをしているのを見るのは結構面白くて良いのだが,窓の鉄格子から家の中を覗いたり,2階のベランダで遊びまわったり,朝の暗いうちから目覚まし時計代わりに音を立てながら木を移動するのは出来れば止めてほしいと思っている.
 更に雨期には一晩中かえるが大合唱をして寝かせてくれないし,夜家に帰るのに近道をしようとすると暗闇の中で草をはんでいる大きな牛山羊に驚かせられる事もあるし,洗濯をする時には隣の家で飼っているあひるを追いやりながらしなければならない.
 緑色のきれいな毒蛇もいるし本当にのどかなところである.
ただ一つ残念なのは果物の木が庭に無いと言う事だろうか.

 こんな感じで,確かにこの家は便利ではないのだが,自分の生活に大きな支障をきたしている訳でもないし,実際ここの初代隊員は女性であったので女性が住めない訳では決してない.
 ここでの生活を楽しいものにするか否かの鍵は「どこまで今までの価値観を変えて現状を受入れられるか?」と言う事だけである.

 まぁ,気軽な気持ちで来て下さい.

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